我々は、これまで何を、食べてきたのか? いま何を、食べているのか? そして、これから何を、食べてゆきたいのか? 思索
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私の山びこ学校:昔こんな教育があった/268 直売所の規制=佐藤藤三郎 /山形

◇採算取れぬ小さな農家 消費者こそ農業の将来を考えなければ

ある農婦から激怒の電話。「直売所の規制に手がこんできてめんどうになった。じいちゃん、ばあちゃん百姓にはやりきれない」と声高にいうのだ。いつ畑を耕し、どんな肥料を使い、種をまいたのはいつ、病害虫の消毒はどんな薬剤をいつ、何回散布したか、などなど。出荷にあたってそれを詳しく記入したものを提出しろ、それがないものは受け付けません、と厳しい規制が敷かれたことに対する怒りである。まずは老農の私も同じような思いがあったが、「食の安全性」を考慮する客に応えるためにはやむなきことだろうと思って口をつぐんでいた。

しかし、かの老農婦が息巻くように「極小農家である我ら老農夫婦に対する切り捨て策である」というその言葉は頭にピンと響いた。今朝はナスが思いのほかに摘み取れたので食べきれない分を少量ながらも直売所に持っていくとか、インゲンもそうだ、などと妻に言われても、それが先のような届け出をしておかないと持ち込むことができなくなったのだから。

さらに、彼女の声が私の頭の中に高く響いた。「若い者たちが土を離れる中で、かろうじて老輩にムチを打って食糧の自給率向上に頑張っている私たちをなんと思っているのだ」というのだ。その怒りを向ける矛先は私ではないはずなのにと承知しながらも頭と胸に深く染みた。

「安全な食料の生産」は否定しない。しかし、彼女の声を耳にしながらそれらの規制は「どこかおかしい」という疑念が私にも感じられてくる。農家が消費者に安全なものを届ける責務は確かにある。が、今までに何度となく言われてきた「消費者の好み、客のニーズに生産者が応えるのが当然」といった考え方がその根に強く存在しているからである。

正直に言って私のような小さな農家は直売所に行くのがばかばかしくなることがある。その作物の栽培からそこに行くまでの労力と経費を考えるとその売上高は採算などとれるものではないからである。統計の専門家の計算によって農業者の時給は百数十円だと言ったことがたいへんな話題になったことがある。それでも土にしがみついて頑張り通しているのは、まさに老夫婦たちなのだ。しかも、このことを他の企業の経営者は経営感覚が欠落しているなどと非難するが、それも一理あるにしろ、「ならばあなたたちが農業をやってみろ」と私は言いたい心境だ。

農地法改正のことがあれこれ議論されてしばらくがたつ。その根拠はかつて農地の所有はもちろん賃借も農業者同士でしかできなかったが、それを今度の改正では農業以外の法人ないしは企業ともできる、というものだ。思えばそれもこれだけ農業の担い手がいなくなり、耕作放棄地が出て自給力が低下すれば、そのようなことは誰しも考えることだ。したがって私はそれに対していけないなどと言わず「どうぞ、どうぞ」と言いたいが、はたして本気でやる企業がどれだけあるのかには疑念がある。それでも我ら農家はそんなことにお構いなしに自分の食べるものは自分で作っていく心構えがある。したがって、農業の有り様を本気で考えなければならないのは、農家の人ではなくて消費者の方ではないかとしみじみ思われてくる。そして消費者こそが農業の現場をよく知り、将来の農業を考えなければならない時なのではないかと、私は彼らに知らしめずにおれない。

毎日新聞 2010年7月27日 地方版





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