我々は、これまで何を、食べてきたのか? いま何を、食べているのか? そして、これから何を、食べてゆきたいのか? 思索
ダイヤモンドオンライン
食料自給率の低下は、
TPP反対の主因となるほど悪いことなのか
2011年11月1日
出口治明 [ライフネット生命保険㈱代表取締役社長]
日曜日(2011年10月30日)の日経新聞に「TPP交渉参加 是か非か」という記事が掲載された。TPP賛成派の小見出しが「10年後見据えて決断必要」であったのに対し、反対派の小見出しは「食料自給率低下は必至」というものであった。食料自給率はTPP反対の主因となるほどのおおごとなのだろうか。そこで、農林水産省のHPを開いて食料自給率について、調べてみることにした。
データをきちんと見れば明らか。
食料自給率の低下は必然であった
農林水産基本データ集を見ると、わが国の食料自給率は、カロリーベース 1が39%(2010年度概算値。目標は2020年度で50%)、生産額ベース2 が69%(目標70%)となっている。生産額ベースでは、10年後の目標をほぼ達成しているが、カロリーベースでは10%以上劣後している。そして、どうやら識者(?)が常に問題視するのは、このカロリーベースの数値であるようなのだ。
このカロリーベースの食料自給率は過去、どのように推移してきたのだろうか。78%(1961年度)→60%(1970)→53%(1980) →48%(1990)→40%(2000)と一貫して低下傾向を辿っており、ボトムは37%(1993年度)であった。この理由は明らかで、自給率の高い(98%)米の消費量(1人1年当たり)が、1964年度対比で47%減少したのに対し、自給率の低い(16%)畜産物が128%増加、同じく自給率がほとんどない(3%)油脂類が114%増加したことが主因であろう。
つまり、日本人が豊かになって、肉や牛乳、植物油などを食べるようになったが、山地が多く平野の少ないわが国では飼料作物や油用作物を生産する土地が十分にはなかったので、安価な外国産の畜産物や油脂類を輸入した結果として、カロリーベースの自給率が下がったというわけである。ちなみに、カロリーベースの自給率のシェア(内訳)に占めるトップ3は米が23.6%、畜産物が15.9%、油脂類が13.9%であって、この3品目で53.4%のカロリーを供給していることになる(その次は自給率8%の小麦が、13.4%のカロリーを供給している)。
このように考えると、カロリーベースの自給率を上げるためには、食生活を昔に戻すしか他に方法がないのではないか。米に次いで自給率が高いのは野菜(77%)と魚介類(60%)であるが、各々が供給しているカロリーはわずか2.8%と4.9%に過ぎない。自給率が50%を超えているのは米と野菜と魚介類の3品目だけであり(その次は果実で自給率34%である)、この3品目で大半のカロリーを摂取するように、日本人の食生活が激変しない限り、カロリーベースの自給率50%という目標を達成することは不可能である。
これは、この50%という目標自体が絵に描いた餅に過ぎないことを示しているのではないか。そうだとすると、食料自給率の低下は、決して悪いことではなく、単にわが国の食生活の変化を反映しているだけに過ぎないのではないか。それを、いかにも、外国から食料が入ってこなければどうするか、といった狼少年的な使い方をするのはいかがなものだろうか。
ちなみに、カロリーベースの食料自給率というデータ自体、わが国が独自に編み出したものであり、他の先進国ではまったく使われていないことを付言しておきたい。
1.食料自給率のカロリーベースとは、国民1人1日当たりに必要なカロリーのうち、国内のカロリーで補われている割合をあらわすもの(http: //www.maff.go.jp/kinki/seibi/sekei/kokuei/yodogawa/yodogawa04-2.htmlより)。
2.食料自給率の生産額ベースとは、国内で消費された額のうち、国内で生産された額の割合をあらわすもの(http://www.maff.go.jp/kinki/seibi/sekei/kokuei/yodogawa/yodogawa04-2.htmlより)。
コメを守るというのなら
自給率より優先すべきことがある
このように具体的な数字に則して考えてみると、TPP反対派の本音は、恐らく自給率の高いコメを守る、という一点に絞られてくるのだろう。その背景には、食料安全保障的な考え方があると思われる。
ところで、外国から食料が入ってこなくなるような非常事態が生じれば、おそらく食料より先に石油や天然ガスが入ってこなくなり、電力もストップしてしまうであろう。仮にコメが潤沢にあったとしても、私たちは、コメをどのようにして食べればいいのだろう。本気で食料の自給率を心配するのであれば、その前にエネルギーの自給率をまず確保しなければならないのではないか。
次に、食料安保を考えるのであれば、自給率よりも農地資源の確保の方がはるかに重要ではないか。ピーク時(1969年)には317万ヘクタールあったわが国の水稲の作付面積は163万ヘクタールへとほぼ半減してしまった。耕地面積もピーク時(1961年)の609万ヘクタール(田は69年の 344万ヘクタール、畑は58年の272万ヘクタールがピーク)から459万ヘクタール(田250万ヘクタール、畑210万ヘクタール)へと大きく減少した。とりわけ田地の減少幅が大きい。
コメを守ると言いながら減反政策を続けて食料安保の根幹となる田地をなぜ減らし続けるのか、まったく合点がいかない。食料安保的にコメを位置づけるのであれば、何よりもまず田地を守るべきではないのか。
また、わが国のコメの消費量は年間1人当たり約60kgである。月に直せば、約5kgであるが、これはスーパーで売っている値段に換算すれば毎月 2~3千円の出費にすぎない。仮に外国産の安いコメ(3分の1から4分の1の価格)が入ってきたとしても、どれだけ節約できるというのだろうか。この程度の金額(出費)であれば、市民の口に馴染んだわが国のコメが安い外国産のコメに価格差だけですぐにとって代わられるとは思わない。
「コメを守れ」「食料の安全保障が大切だ」という意見も、よくよく吟味すれば、正体のない幽霊のようなものではないか。ちなみに食料の安全性という観点で述べれば、日本の1ヘクタール当たりの農薬使用量はアメリカの約8倍であると言われている(山下一仁氏による)。
農業をどうやって守るのか。
見習うべきはアメリカではない
これまでどちらかと言えば、極論に近い形で話を進めてきたが、三重県の片田舎で生まれた筆者にとって「農地を守り」「農業を守る」気概は人後に落ちないものがあると自負している。
農業の競争力強化については、「大規模化」(規制緩和による農地の集約化)や(それとほぼ同じ意味を持つ)「株式会社化」が喧伝されることが多いが、それだけでわが国の農業が強くなるだろうか。たとえばアメリカのそれに匹敵する大規模なコメ農場が、わが国の地形上、果して実現可能だろうか。わが国の農業は大規模化を目指すだけでは、とうていアメリカやブラジル、カナダ、オーストラリアといった大国には勝てないと考える。
ではどうするか。小国の農業を見習うことである。2009年の農業輸出額を見ると(FAOのHPによる)、トップはアメリカの621億ドルであるが、ネーデルランド(オランダ)が461億ドルで2位となっている。小国ではデンマークも130億ドルで 14位につけている。これに対して日本はわずか10億ドルで60位でしかない。これは、わが国の農業が国際競争力に欠ける何よりの証左ではないか。また、輸出額から輸入額を差し引いたネットの金額でみると、ブラジルが332億ドルで1位、2位はネーデルランドの177億ドルであり、66億ドルのデンマークが10位に浮上する。日本は、最下位のマイナス347億ドルであり、ブービーメーカーが中国のマイナス289億ドルとなっている。
ネーデルランドは国土が小さいので穀物自給率は16%(2007年)とOECD諸国の中では最低に位置するが(わが国は28%)、輸出額の内訳をみると、高価なタバコや半加工食品、チーズや牛肉、鶏肉などが上位を占めている。これに対して、輸出額トップのアメリカは大豆、トウモロコシ、小麦のいずれも穀類がトップ3を占めている。
わが国の農業がどちらを目指すかは明らかではないか。農地の少ないわが国が穀類に頼っていては、未来がないことは自明であると思う。わが国が見習うべきは、ネーデルランドやデンマーク型の付加価値の高い農業構造への転換であろう。畜産はもとより野菜や花卉、果物などが、大きな可能性を持つと考える。高級食材を求める発展著しい大きな市場もすぐ近くにあるではないか(中国等)。
食料安保についてはむしろ、コメそのものではなく、水田や耕地面積を維持・確保する施策を重視すべきである。
このように考えると、わが国のカロリーベースの食料自給率を政策目標に掲げるやり方には、そろそろ終止符を打つべきではないか。農業を本当に強くするためには、たとえば農林水産物の輸出額(現在4920億円、目標1兆円水準)等を目標に据える方が、はるかに理にかなっているように思われる。
(文中意見に係わる部分はすべて筆者の個人的見解である。)
食料自給率の低下は、
TPP反対の主因となるほど悪いことなのか
2011年11月1日
出口治明 [ライフネット生命保険㈱代表取締役社長]
日曜日(2011年10月30日)の日経新聞に「TPP交渉参加 是か非か」という記事が掲載された。TPP賛成派の小見出しが「10年後見据えて決断必要」であったのに対し、反対派の小見出しは「食料自給率低下は必至」というものであった。食料自給率はTPP反対の主因となるほどのおおごとなのだろうか。そこで、農林水産省のHPを開いて食料自給率について、調べてみることにした。
データをきちんと見れば明らか。
食料自給率の低下は必然であった
農林水産基本データ集を見ると、わが国の食料自給率は、カロリーベース 1が39%(2010年度概算値。目標は2020年度で50%)、生産額ベース2 が69%(目標70%)となっている。生産額ベースでは、10年後の目標をほぼ達成しているが、カロリーベースでは10%以上劣後している。そして、どうやら識者(?)が常に問題視するのは、このカロリーベースの数値であるようなのだ。
このカロリーベースの食料自給率は過去、どのように推移してきたのだろうか。78%(1961年度)→60%(1970)→53%(1980) →48%(1990)→40%(2000)と一貫して低下傾向を辿っており、ボトムは37%(1993年度)であった。この理由は明らかで、自給率の高い(98%)米の消費量(1人1年当たり)が、1964年度対比で47%減少したのに対し、自給率の低い(16%)畜産物が128%増加、同じく自給率がほとんどない(3%)油脂類が114%増加したことが主因であろう。
つまり、日本人が豊かになって、肉や牛乳、植物油などを食べるようになったが、山地が多く平野の少ないわが国では飼料作物や油用作物を生産する土地が十分にはなかったので、安価な外国産の畜産物や油脂類を輸入した結果として、カロリーベースの自給率が下がったというわけである。ちなみに、カロリーベースの自給率のシェア(内訳)に占めるトップ3は米が23.6%、畜産物が15.9%、油脂類が13.9%であって、この3品目で53.4%のカロリーを供給していることになる(その次は自給率8%の小麦が、13.4%のカロリーを供給している)。
このように考えると、カロリーベースの自給率を上げるためには、食生活を昔に戻すしか他に方法がないのではないか。米に次いで自給率が高いのは野菜(77%)と魚介類(60%)であるが、各々が供給しているカロリーはわずか2.8%と4.9%に過ぎない。自給率が50%を超えているのは米と野菜と魚介類の3品目だけであり(その次は果実で自給率34%である)、この3品目で大半のカロリーを摂取するように、日本人の食生活が激変しない限り、カロリーベースの自給率50%という目標を達成することは不可能である。
これは、この50%という目標自体が絵に描いた餅に過ぎないことを示しているのではないか。そうだとすると、食料自給率の低下は、決して悪いことではなく、単にわが国の食生活の変化を反映しているだけに過ぎないのではないか。それを、いかにも、外国から食料が入ってこなければどうするか、といった狼少年的な使い方をするのはいかがなものだろうか。
ちなみに、カロリーベースの食料自給率というデータ自体、わが国が独自に編み出したものであり、他の先進国ではまったく使われていないことを付言しておきたい。
1.食料自給率のカロリーベースとは、国民1人1日当たりに必要なカロリーのうち、国内のカロリーで補われている割合をあらわすもの(http: //www.maff.go.jp/kinki/seibi/sekei/kokuei/yodogawa/yodogawa04-2.htmlより)。
2.食料自給率の生産額ベースとは、国内で消費された額のうち、国内で生産された額の割合をあらわすもの(http://www.maff.go.jp/kinki/seibi/sekei/kokuei/yodogawa/yodogawa04-2.htmlより)。
コメを守るというのなら
自給率より優先すべきことがある
このように具体的な数字に則して考えてみると、TPP反対派の本音は、恐らく自給率の高いコメを守る、という一点に絞られてくるのだろう。その背景には、食料安全保障的な考え方があると思われる。
ところで、外国から食料が入ってこなくなるような非常事態が生じれば、おそらく食料より先に石油や天然ガスが入ってこなくなり、電力もストップしてしまうであろう。仮にコメが潤沢にあったとしても、私たちは、コメをどのようにして食べればいいのだろう。本気で食料の自給率を心配するのであれば、その前にエネルギーの自給率をまず確保しなければならないのではないか。
次に、食料安保を考えるのであれば、自給率よりも農地資源の確保の方がはるかに重要ではないか。ピーク時(1969年)には317万ヘクタールあったわが国の水稲の作付面積は163万ヘクタールへとほぼ半減してしまった。耕地面積もピーク時(1961年)の609万ヘクタール(田は69年の 344万ヘクタール、畑は58年の272万ヘクタールがピーク)から459万ヘクタール(田250万ヘクタール、畑210万ヘクタール)へと大きく減少した。とりわけ田地の減少幅が大きい。
コメを守ると言いながら減反政策を続けて食料安保の根幹となる田地をなぜ減らし続けるのか、まったく合点がいかない。食料安保的にコメを位置づけるのであれば、何よりもまず田地を守るべきではないのか。
また、わが国のコメの消費量は年間1人当たり約60kgである。月に直せば、約5kgであるが、これはスーパーで売っている値段に換算すれば毎月 2~3千円の出費にすぎない。仮に外国産の安いコメ(3分の1から4分の1の価格)が入ってきたとしても、どれだけ節約できるというのだろうか。この程度の金額(出費)であれば、市民の口に馴染んだわが国のコメが安い外国産のコメに価格差だけですぐにとって代わられるとは思わない。
「コメを守れ」「食料の安全保障が大切だ」という意見も、よくよく吟味すれば、正体のない幽霊のようなものではないか。ちなみに食料の安全性という観点で述べれば、日本の1ヘクタール当たりの農薬使用量はアメリカの約8倍であると言われている(山下一仁氏による)。
農業をどうやって守るのか。
見習うべきはアメリカではない
これまでどちらかと言えば、極論に近い形で話を進めてきたが、三重県の片田舎で生まれた筆者にとって「農地を守り」「農業を守る」気概は人後に落ちないものがあると自負している。
農業の競争力強化については、「大規模化」(規制緩和による農地の集約化)や(それとほぼ同じ意味を持つ)「株式会社化」が喧伝されることが多いが、それだけでわが国の農業が強くなるだろうか。たとえばアメリカのそれに匹敵する大規模なコメ農場が、わが国の地形上、果して実現可能だろうか。わが国の農業は大規模化を目指すだけでは、とうていアメリカやブラジル、カナダ、オーストラリアといった大国には勝てないと考える。
ではどうするか。小国の農業を見習うことである。2009年の農業輸出額を見ると(FAOのHPによる)、トップはアメリカの621億ドルであるが、ネーデルランド(オランダ)が461億ドルで2位となっている。小国ではデンマークも130億ドルで 14位につけている。これに対して日本はわずか10億ドルで60位でしかない。これは、わが国の農業が国際競争力に欠ける何よりの証左ではないか。また、輸出額から輸入額を差し引いたネットの金額でみると、ブラジルが332億ドルで1位、2位はネーデルランドの177億ドルであり、66億ドルのデンマークが10位に浮上する。日本は、最下位のマイナス347億ドルであり、ブービーメーカーが中国のマイナス289億ドルとなっている。
ネーデルランドは国土が小さいので穀物自給率は16%(2007年)とOECD諸国の中では最低に位置するが(わが国は28%)、輸出額の内訳をみると、高価なタバコや半加工食品、チーズや牛肉、鶏肉などが上位を占めている。これに対して、輸出額トップのアメリカは大豆、トウモロコシ、小麦のいずれも穀類がトップ3を占めている。
わが国の農業がどちらを目指すかは明らかではないか。農地の少ないわが国が穀類に頼っていては、未来がないことは自明であると思う。わが国が見習うべきは、ネーデルランドやデンマーク型の付加価値の高い農業構造への転換であろう。畜産はもとより野菜や花卉、果物などが、大きな可能性を持つと考える。高級食材を求める発展著しい大きな市場もすぐ近くにあるではないか(中国等)。
食料安保についてはむしろ、コメそのものではなく、水田や耕地面積を維持・確保する施策を重視すべきである。
このように考えると、わが国のカロリーベースの食料自給率を政策目標に掲げるやり方には、そろそろ終止符を打つべきではないか。農業を本当に強くするためには、たとえば農林水産物の輸出額(現在4920億円、目標1兆円水準)等を目標に据える方が、はるかに理にかなっているように思われる。
(文中意見に係わる部分はすべて筆者の個人的見解である。)
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